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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)1350号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金三三三二万五五四七円及びこれに対する昭和六三年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、四六二三万六一七〇円及びこれに対する昭和六三年一二月一六日から支払済みまで年五分の割台による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点以外の場所で、自転車で道路を斜めに横断中に自動車と衝突して負傷し、事故後三年余を経て死亡した被害者の長男が、損害賠償を請求した事案である。

一  (争いのない事実)

被告は、昭和六三年一二月一六日午後五時五五分ころ、鴻巣市東間六丁目五一番地先の通称旧中仙道(本件道路)上において、同人が所有し、自己のために運行の用に供する普通乗用自動車(日産セドリツク、加害車)を運転して鴻巣市方面から桶川市方面へ向けて走行中、道路石側の歩道から本件道路を斜めに横断しようとして進入してきた松崎操(以下「故操」という。)運転の自転車と衝突し、同人を路上に転倒させ、脳挫傷、硬膜下血腫、頭部挫傷等の傷害を負わせた。その後、故操は、平成四年三月二一日、入院先の聖ヨゼフ・クリニツクにおいて死亡した。

二  (争点)

被告は、損害額を争うほか、故操の死亡原因はS状結腸癌の手術による術後の気道感染症であつて、本件事故と故操の死亡との間には因果関係がなく死亡による慰謝料は認められず、また、操には、本件道路を横断するにあたり安全確認を怠つたうえ道路を斜めに横断するという過失があつたので過失相殺すべきである、と主張する。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  治療費(文書料を含む。) 二万四四四〇円

証拠(甲二の一・二)により認められる(聖ヨゼフ・クリニツクの診断書料五〇〇〇円についてはこれを認めるに足る証拠はない)。

2  付添看護費 〇円

原告主張の簡間なる人物による付添費用については、これを認めるに足る証拠は存しない。

3  入院雑費 八万六四〇〇円

甲一の四によれば、故操は、本件事故により、山崎病院及び済生会鴻巣病院に計七二日間入院している事実が認められ、入院雑費は一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、七二日間で右金額となる。

4  器具購入費 五万六七三六円

後述のような故操の入院時の高度の見当識障碍、徘徊行動などの症状に照すと、故操が入院中にメガネを壊したことによる買い替え費用(二万一一六六円、甲四の一)と失禁のためふとんを買い替えた費用(一万三五〇〇円、甲四の二)、吸のみ、ガウン、寝巻き、下着などの費用(合計二万二〇七〇円、甲四の三ないし六)の支出と本件事故との間には相当因果関係はあると認められるが、その他原告主張の安楽尿器及び紙おむつについては購入の事実を認めるに足る証拠がない。

5  休業補償 〇円

甲九、原告本人によれば、故操は本件事故の起きた昭和六三年に不動産所得として七五七万六八〇〇円を得ていたが、それらは殆どが同人が他に賃貸していた土地の地代が主たるものであること、故操に対しては事故後入院中も従前と同様の地代が支払われていたことが認められる。よつて、入院中の休業損害はこれを認めることができない。

6  介護料 一二一二万九九七九円

甲一の四、乙六、乙八、原告本人によると、故操は、本件事故前は心身ともに通常の健康状態であり、日常の起居動作には不自由していなかつたが、本件事故によつて高度の見当識障碍、記銘力障碍を負つたほか、不潔行動・徘徊を示す等、介助なしには日常の基礎的動作をなすことが、不可能になつた。その後、平成元年二月二〇日には、右状態のまま症状固定に至り、同月二五日、済生会鴻巣病院を退院して医師の指示により聖マリア・ナーシングヴイラに入居し、介護を受けるに至り、右ナーシングヴイラに、保証金として四〇九万円、平成元年二月二五日から死亡時までの生活費として合わせて九三八万七七五五円の合計一三四七万七七五五円を支払つたことが認められる。そして、医師による右ナーシングヴイラへの入居指示は、ほぼ常時介助を必要とする故操が、自宅から診療のために通院する困難を考えてのものであつたと認められる。このように事故前は故操は心身ともに健康であつたこと、事故による重篤な症状のため自宅での介護は到底困難な状態にあつたと認められること(乙八号証末尾の聖ヨゼフ・クリニツク院長の照会回答書によると、平成元年一二月の段階で故操の状態は起床、歩行等の動作は可能だが高度の見当識障碍、記銘力低下、判断力消失等の知的能力低下著しく、生命維持に関する目的を持つた動作できず、日常生活は全面的に介護を要する、脳CTにおいても高度の萎縮が認められ、現況は不可逆的で固定していると認められるとの記載がある。)に照らすと、右ナーシングヴイラへの入居による支出のうち、少なくとも食費等として生活に最低限必要と推定される一割の経費を控除した九割の額を、必要な治療費ないし介護料として本件事故による損害と認めることが相当である。これによると、右額は一二一二万九九七九円となる。

7  栗木オリサに対する補償 六〇万九三七九円

甲三の一ないし七、原告本人によると、故操は本件事故により脳挫傷等の傷害を負い、昭和六三年一二月一六日から、平成元年二月二〇日まで山崎病院に入院したが、すでにそのころから高度の見当識障碍、記銘力障碍、暴力行為、不潔行動、徘徊等の行動がみられたところ、右山崎病院入院中、付添婦である栗木オリサを突き飛ばす暴行を働いた結果、同人に対し治療費一万三五〇〇円、付添費二九万五八七九円、休業損害・慰謝料として三〇万円の合計六〇万九三七九円を支払つたことが認められる。これらは事故による故操の脳挫傷等による前記のような見当識障碍等の症状に照らせば本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。

8  慰謝料(入院分・後遺症分一括) 二五〇〇万円

前認定のように、故操は本件事故により脳挫傷、硬膜下血腫、頭部挫傷等の傷害を負い、昭和六三年一二月一六日から平成元年二月二四日まで山崎病院、済生会鴻巣病院での治療を受け、平成元年二月二五日から聖マリア・ナーシングヴイラに入所したものであるが、右入所の初診時における故操の症状は、痴呆状態が発現し、見当識障碍高度、暴力行動、不潔行動、徘徊、独語、夜間不眠等の症状がみられ、満足な日常及び社会生活は困難で、これらの症状は経過中程度の消長はあるが持続し、自賠責後遺障害等級事前認定では二級三号の認定を受けたことが認められる。これらの傷害の部位、程度、後遺症の内容、そして、故操の症状から見て故操としては常時介護が必要な状態におかれていたと認めるべきことなど本件に顕われた諸般の事情を総合すると、慰謝料としては二五〇〇万円を認めることが相当である。

なお、故操は平成四年三月二一日ついに死亡するに至つたものであるところ、原告は、故操の死亡は本件事故による脳挫傷、硬膜下血腫、頭部挫傷等の傷害の悪化が原因であつて、本件事故による受傷と右死亡との間に相当因果関係があるとの主張をする。

しかしながら、乙二、八、九によれば、故操は平成元年二月二〇日に症状固定とされ、聖ヨゼフ・クリニツク等で老年痴呆等の治療を受けていたところ、平成三年九月一一日S状結腸癌と診断され、同年一〇月一五日にS状結腸切除術を受けたものの、術後に脳梗塞、尿路感染、気道感染などを合併して平成四年三月二一日死亡したものであることが認められる。以上の事実によれば、本件事故による受傷が全体的に故操の体力を相当弱め、死期を早める結果となつたことは容易に想像されるところであるが、故操の直接の死因としてはS状結腸癌とその手術後の複合気道感染症であると認めるべきであつて、故操の年齢等を考えると、本件の場合事故と死亡との間に相当因果関係を求めるのは相当でないと考えられる。

9  以上の合計 三七九〇万六九三四円

二  過失相殺

1  証拠(甲六の一、乙一、被告)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。

本件道路は、片側一車線の県道(旧中仙道)で、最高速度が時速四〇キロメートルに制限されており、両端には歩道が設けられているが、歩車道の区別は段差があるのみで、ガードレールは設置されていない。夜間でも照明設備により十分の明るさが確保され、本件事故当時、被告車の前方、左右の見通しは良好であつた。付近に横断歩道、信号機は設置されていない。

故操は、別紙図面記載のとおり、本件道路の進行方向右側歩道を自転車で鴻巣市方面から桶川市方面に向けて進行していた。

他方、被告は、本件道路を、同方向に時速約四、五〇キロメートルで進行中、〈1〉地点で、右前方歩道〈ア〉地点を進行中の故操を認めたが、そのまま進行していたところ、故操が、本件道路を斜めに横断しようとして道路中央付近〈イ〉地点に進入してきたのを、故操の後方約一四・六メートルの〈2〉地点で発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、自車の右前部を〈×〉地点付近において故操の自転車に衝突させた。

2  被告は、車両の運転者として前方左右の安全に十分注意して進行すべき義務があるところ、被告は、既に〈1〉地点で〈ア〉地点にいた故操を確認していながら、〈2〉地点で〈イ〉地点まで来た被害者の動静にまつたく気づかず、〈1〉地点と〈2〉地点の間は約二三メートルもあるのであるから、被告に前方不注視の過失があつたことは明らかである。

他方、自転車の運転者は、信号機も横断歩道もない道路を横断する場合には、左右の安全を十分確かめる義務があり、かつ道路を直角でなく斜めに横断するようなことはそれ自体危険な行為であるからこれを避けるべき義務があるところ、故操は安全確認を十分せず、道路を斜めに横断しようとしたもので、同人のこれらの過失は決して軽微とはいえないが、同人は事故当時すでに七八歳という高齢であつたことなど、本件に顕われた双方の事情を考慮すると、原告の損害額から二割を過失相殺として減額するのが相当である。

したがつて、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、三〇三二万五五四七円となる。

三  相続の発生

証拠(甲七)によれば、原告は故操の損害賠償請求権を相続した事実が認められる。

四  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、三〇〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

したがつて、被告は、原告に対し、金三三三二万五五四七円及びこれに対する昭和六三年一二月一六日から支払済まで年五分の支払い義務がある。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊田建夫)

交通事故現場見取図

〈省略〉

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